2017年 05月 15日 ( 1 )

【人それぞれのやり方】

f の中学校も中間試験の時期となりました。

相変わらず勉強もしない様に見えるのですが、時々教科書を見ているのでいいのかと思っています。

ノートにまとめたり、書いて練習したり、普通のやり方じゃないことに不安を感じてしまいます。

しかし、この自主的に勉強しているという事実には安堵の思いが得られました。

書かずに単語を覚えたり数学の問題を解いたりというやり方をしている方も他にもいるとは思います。
そういうタイプなのだと思います。

例えば、フラッシュ暗算をされている方を見た時など、只々感心するばかりです。

そのメカニズムなど想像もつかず自分の常識では図れないものがあるのだと思い知らされます。

フラッシュ暗算から能力について考えるならば。
それは誰でもできることではなく、その素質が備わった方が、たまたまフラッシュ暗算の訓練をしてできる様になったと推測します。

素質と鍛錬の種類という、この「たまたま」な一致を探すことと実践することもある意味才能だと思います。
運でもあるかな。

「たまたま」ということで言えば。
「子供の頃にピアノを習っていたら才能を発揮していたかも知れない。」「テニスをやっていたら…」「バレエをやっていたら…」「… 」

そんな話を友人たちとしていた時に、
「それに気づいて始めるのも才能のうちってことよね。」
という話で笑いに収まったということもありました。
「たまたま」のご縁、掴めなかった我々の負け惜しみでした。(笑)

*****

人それぞれなのですが…。
同じ勉強をするのでも、持ち合わせた素質と身につけるアプローチの仕方は人それぞれなのは理解できます。
が、子供の勉強の仕方には、自分と違う場合、にわかには安心できないです。


先日、欠席して抜けてしまった授業のあたりの事ですが。
昨日は、試しにその範囲の簡単な数学の問題を口頭で出してみました。
「72の約数の個数と総和はそれぞれいくつ?」

すると、空間に視線をやって少し考えて、「12個」
また同様に考えて、
「195」
と答えました。

なぜ書かないのだろう?
「それでできるのもすごいわ」と思う反面、「複雑な問題なら、ミスしてしまうではないのか」とも思ってしまいます。

少しほっとするのは、
証明の範囲の定期試験は、書くことがすなわち答えなので、しっかりと書いていました。

必要に応じて書くのかな?

*****
私の作品です。
布と金属の質感が出せたかな(^。^)
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by suzu62taha88 | 2017-05-15 07:37 | 母の想い | Comments(2)