愛おしい贈り物

Gifted で場面緘黙症の子供の成長日記。Giftedtと場面緘黙症のことを知っていただきたい思いで書いています。

保健室で主任と会う

月曜日は私も一緒に少し離れて登校しました。

保健室に入り、養護の先生に
「土曜日に教頭に合理的配慮の申し出をしてきましたが
カウンセラーさんのほうからは教頭に話をされましたか。」
と伺いました。

塾の室長から言われた
「指導の方針が決まるまで学校に行かせなくていい」
という言葉を思い出し、
確認しておこうと思いました。

養護の新任の先生が「話はすでにされています。」
とにこやかにおっしゃいました。
ここの空気はまるでこの学校とは違うところのように
柔らかくてほっとしました。

保健室の登校というのは、
先生との対面が必要らしく
先生からの圧力で教室に行けない子供にとっては
安全地帯でもないのだと思います。

やはりその日も、先生を電話で呼びました。
しかも、担任と副担任は研究日(休暇)で、
主任を呼んでしました。

とっさに、「主任は困ります。私が嫌です。」
と言ってしまいました。

養護の先生が申し訳なさそうに謝るので、
大丈夫です。
こちらこそ、申し訳ないです。
と言ってはらをくくりました。

主任が来られ、
話をされました。

明日はなにがある日ですか。
と質問をして、ふぅの答えを待ちました。
しばらく沈黙。
ふぅは話そうとして、
口を少し動かしていました。

質問をしてくださるのはいいのですが、
あなたではよくないのです。
安心して話せる人じゃないのです。
と心で叫びました。

普段、追い詰めすぎました。
わざとしているんですけどね。
痛い目に合わせないと繰り返しますから。

私は、そういうやり方もありなのだと思います。
それは、追い詰めたらできることであればです。
再三できないと言っていることを甘やかしだと思い込み
受け入れず、
本人が自分ではコントロールができなことなのに
反省を促し、追い詰めるのですから、わけが違います。

やっと聞き入れる返事が聞けました。
強烈な攻撃が始まってから半年間は、長かったです。

私はここで、女性の数学の教員が言い放った
「知っていることも話さない」とふぅの前で私に怒鳴ったことを
話しました。
返事もなかったのですが。

主任が保健室を出てから、
少しして、養護の先生にお礼を言い帰りました。

家ではふぅはいつものように荒れることもなく
穏やかに過ごしました。

緘黙という過酷な人生を歩んでいるのです。
ただでさえ、お友達の中でも言い返せなくて
辛い思いをしています。
それだけでストレスなのですから、
先生には大人として、平等に判断し
味方になってほしいのです。

そういうことを忘れさせ、
指導は叱るものだという概念に支配され
子供を苦しめなくてもいいはずです。

緘黙など、その実態の理解を広めることが
特別な配慮が必要な人が幸せに過ごせるベースになるのだと思います。

******

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緘黙は金縛りのようなものです。
不安が脳に癖をつけたと思ってください。
自分に向かう刺激に弱いと言ってもいいでしょうか
その刺激が自分の言動によって起こる可能性があるのなら
その言動を止めてしまって身を守るのでしょう。
そのメカニズムを心が受け止めて、
言動を止めているということなのだと思います。
決して、自分でコントロール出来るものではありません。

緘黙症のある人は話を発信しないかもしれませんが、
話を聞き受けています。
どうぞ話しかけてあげてください。
話さないからと言って会話が嫌いなのではありません。

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by suzu62taha88 | 2017-11-03 01:56 | 場面緘黙

by りかこ
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