具体的な指示や役割を与えるという配慮
2017年 06月 09日
本人に担任からそうされる原因があるならば、それがなんなのかを知り今後のフォローに繋げなくてはならないと考えました。
その結果、ギフテッドにたどり着き、発達障害のなんらかの特徴もあるのかと思いました。
その後のいくつもの知能検査を受け、結果的にその検査の範疇では発達障害ではないとの判断となりました。(違う物差しがあれば測れる何かがあるかも知れません。)
しかし、小3になってすぐ担任には、できなくなってしまったことや、元々の特徴をしたためた手紙を渡しました。
その担任はとても親身になって f を支援してくださいました。
他のお子さんたちに、
「 f 君が近くにいたらなにも聞かないで一緒に仲間に入れてあげてね。」
「まよっていたら、一緒にやってあげてね。」
など、協力を求めてくださいました。
お掃除は、流し台を磨く係を与えてくださいました。
f は、人に聞かなくても自信を持ってできる仕事ができて幸せだったと思います。
お掃除の時間のみではなく、
休み時間も流し台を磨き、
お友達が、水が周りに飛んでると気づくと f に頼んで掃除をしてもらうという f にとっては頼られるという充実感も得られたと思います。
先生が「f 君が磨いてくれる流し台は綺麗で鏡みたいにかおがうつるね。」と褒めてくださると、満面の笑みを浮かべたそうです。
小2の時に、「自分の頭を殴らせられていい音がしたと褒められ初めて嬉しそうな顔を見せた。」という話とはおお違いです。
緘黙でも発達障害でもそのほかでも、その人が不自由をしないための配慮は、優しさや思いやりの上に成り立ちます。
原因は様々ですがコミュニケーションが苦手な人は、聞けないとか、なにをしていいのかわからないとか、そういう弊害があり二次的に(係の仕事など)やらなくてはならないことができていないという結果になってしまうのです。
わざとやらないという様な誤解のないように、あらかじめ、「具体的な支持をその都度していく配慮」が大切なのだと思います。
配慮を求めることを人任せだと仰った方がいらして、とても悲しいと思いました。
配慮を求める以前に、本人も親も、努力をし、たくさんの壁にぶち当たり、これ以上なく辛い思いもしていらっしゃいます。
もちろん、自分のことでもあります。
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先日の立ち話。
できないことで叱られるという話を伺って、叱る前に教えてあげればいいのになと思い、小3の担任のありがたい対応を示したくなりました。
この先生の本を出して、先生の教科書を作ってみたいほどです。
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