思いやりの上に成り立つ配慮

字を書くのが苦手なお子さんの保護者の方
が、お子さんのために、学校の授業においてのiPodの利用許可を学校側に交渉され許可されたそうです。

同じような問題が叫ばれるようになった昨今ですが、
それとは別に全ての子に配慮して学校側がiPodなどの使用を積極的に取り組んでいるところもあるようです。

黒板を携帯で写している場面をテレビで紹介しているのを見た時には、ある意味学びの多様性の理解がここまで広まったものかと思った次第です。

合理的にものを考える私としても、
結果的に子供達が習得できるなら、手段は選ばなくて良いと思ってしまいます。

しかし、道徳的に良し悪しの問題があり、この辺のぼんやりした境目に議論が分かれるところです。

また、他の子供たちや保護者がどう理解するかという問題もあります。

それには、合理的配慮という観点から説明をして理解してもらうということになります。
が、特別に配慮をするという位置付けをしなければもっと話はスムーズなのではないかと思います。

例えば、iPadの問題に関しては、「ユニバーサルデザイン的な発想」の元、全員に許可、もしくは授業で使う方針など、全員に対する合理的配慮として捉えたらいかがでしょうか。

書字に困っている子が黒板に書かれたものを書き写さず写真でとって良いのなら、普通に字が書ける子だってそうしたくもなるでしょう。

そういう配慮とされることを不便のない子達も体験していくうちに、時には書いた方がわかりやすいとか便利だとか思うかも知れません。

「書けることがいかに幸せなことなのか」ということに気付いた時、ハンディーキャップのある人の本当の意味での合理的配慮の必要性を知ることになると思います。

そればかりが目的で全員がiPadを使用したら良いということではありませんが、こういうところからも見えないものが見えてくるのではないかと思うのです。

ついでを申せば、
配慮ばかりをこわだかに言いたいわけでもありません。

いわゆる配慮をされないところにも得るものがあるかもしれません。

緘黙の子供に担任は「ハイやイイエで答えるのではなく、本人の言葉で説明して答えるような質問をする様にしています。」とおっしゃいます。(これも担任にすれば配慮なのですが。)

逆に「ハイやイイエで答えられる様な質問をしてコミュニケーションを図り自信を持たせましょう。」というのが一般的な配慮となります。

第一選択として、私自身もそうしてほしいと思っていたのですが、もしかしたら、話をさせようとする先生にお任せすることで何か違った進展があるかもしれないと思い、託すことにしました。

何が正解かわかりませんが、思いやりの上にそれぞれに対する配慮というものが成り立つ様に思います。

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授業ノートを提出させてそれも成績に含める方針の先生もいらっしゃいます。
そこには先生の学び方を真似してほしいという言わば思いやりがあるのだと思います。

しかし、その学び方が合わない子、つまり、授業中にノートをきれいにとっていたら内容に集中できない子にとっては、諦めて先生に合わせることになります。
字が書きづらい子は、先生のやり方に合わせることもできずダメな烙印を押されるだけです。

学びにとってマイナスであるならば、いくら思いやりだとしてもしない方が良いということになります。

テストの素点に加えるおまけ点なら良いのですが、実力からマイナスされるシステムは、お気の毒様です。
先生の決めたルールですから、何かを得られれば良いと思って見守るまでです。
^_^

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披露宴のボードを描かせてていただきました。
ご新婦は薔薇とラベンダーがお好きだそうで。

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by suzu62taha88 | 2017-04-05 10:42 | 子育て