学校の物差しは確かなものではない。

家庭におけるgifted教育と題して書いてはみたものの、本当に良い教育など全然できてないのが現実です。
「ここでいう学力とは、学校の試験ができることを言っているのではない。」のです。

しかし、結局、わたしがしていることは
学校に行っている子供の学力は学校の試験で測り、社会に合わせようとしているだけな気がします。

本当のところの本人の能力を育てているのではなく、
学校のシステム、強いては先生の方針に合うようにしているのではないのかと思います。

学校の物差しは絶対ではないのに。

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fの学校の英語のRという教科の事です。
リスニング、リーディングの授業なのですが、この分野は、fは得意です。
英検でもリスニングの正答率は90%を超えていました。

昨年の担当の先生の定期試験では、fは100点満点を4回、98点を1回でした。
他の人と比べるわけではないのですが、学年1位です。

今年度はその先生は海外にご留学され、代わってG文法の先生が兼任しています。
1学期期末試験の点数は60点で、文法の試験結果よりも低い得点でした。
でも、fはこの分野が得意なので、私としては別段がっかりはしていません。


fが急にリスニングができなくなるというのも考えにくいのです。
外部の英語の試験でもリスニングはできているのです。
この先生の試験は、本当にリスニングの力を測れるものなのかと疑問を持ってしまいました。

この事が物語るように、
「学校の評価の物差しは信用できるものではない。」と思えてならないのです。

学校で教えていただけることと、試験をしていただけることはいいことだと思うのです。が、それを持って評価をなされることには意味を感じません。

学校の試験のためだけに勉強をするのでは不十分だと思うのです。

そこにプラス、外部試験で確かに通用する勉強も必要だと思っています。
逆に外部試験で通用する勉強のほうが簡単なのかもしれません。
そちらを完璧にできているなら、学校の試験のためにだけやる勉強はいらないのではないかと思ってしまうのです。
*****

と、思いはつきませんが、学校を捨てさせてあげられないでいる情けない母は、学校のシステムの中でそれに合わせて勉強をさせ、「お勉強のできる子」を演じさせるしかできずにいます。
時間がもったいない気がしてならない。

昨年の夏休みは、宿題を仕上げるだけで時間がなくなって何もさせてあげられなかったので、今年は冒険のキャンプやプログラミングのキャンプにも参加させてあげました。
その結果、学校の宿題が終わりそうもなくなり、登校日にfは残され、私も先生から電話で注意を受けてしまいました。
(保護者談→残された子は50人程いたみたいです。)

実は、
本来はそれ(宿題がギリギリおわるかどうか)ではダメなのでしょうが、この夏休みにたくさんの経験をさせてあげられたことは昨年よりはよっぽど良いと思っています。

学校の試験に合わせるのではなく、学力はつけていくべきだと思うと、個人的に勉強させて、好きなことを伸ばしてあげたいなと思うのです。

高い授業料を払ってこの学校に行かせている意味がわからなくなります。

でも仕方ないのです。
母には学校を捨てさせてあげる自信がないから。
情けないわ。

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by suzu62taha88 | 2016-09-11 18:52 | 子育て | Comments(0)