安心安全な居場所

今日はギフテッドの支援をされている会のイベントに参加してきました。

その会に月一回、大阪から冒険プログラムに参加しているお子さんが企画した会です。
いろんなゲームをしようというものです。
カードゲームやドッジボールや野球ゲームなど、とにかく楽しみたいとのことで、こんなのやりたいと本人が申し出たそうです。

緘黙で自分の意思を表せないふぅのことを基準にしてみれば、なんとも素晴らしいお子さんです。
ギフテッドの支援を受けなくても社会の中でガンガン行けそうにしか見えないのです。
いやいや、そう見えても、放っておいたらこの子の良さが埋もれてしまうと思うから、親御さんもこの会に通わせているのでしょう。
ギフテッドのあやうさは計り知れないと思うのでした。

さて、今朝のお話ですが。
ふぅは、行き渋っていました。
「どうして行くの?」
そう聞かれるとなんと答えて良いのかわかりません。
自分をギフテッドだと親が位置付けているなんて知らないふぅにとって、こういう母の提案は理解不能なことでしょう。
「ふぅのいやすい場所を見つけられたらいいなって思うの。
気持ちが分かり合える子がいたり、
自分を受け入れてくれる子や大人がいると
安心してその場に居られるのよ。
そんな大人の人が主催している会を見つけたから、行ってみたらいいかなって思ったのよ。
どう?行ってみない。」
という言葉に腑に落ちない様子ながら取り敢えずふぅは出かけました。

主催者のHさんをはじめ、お子さんたちや大人の方たちは違和感なく受け入れてくれたように思います。
見た感じは、口数の少ないシャイに見える子や、こちらの言葉に話をかぶせてくる子もいますが、うまく表現できないだけで、温かい気持ちで迎えてくれたと感じてました。

ふぅを育てているとわかることですが、場面緘黙で、人の声掛けにハキハキとこたえたりはしないけれど、表現できなくても意思ははっきりとあります。
なので、先生や大人の方たちには、子供が質問に答えなくてもその子には意思があることを頭の隅に置いてあげて欲しいなと思うのです。
不理解といえば、
ふぅの去年の担任がおっしゃっていたのですが、「ふぅ君は大学入試の推薦面接はこのままだと落とされると思いますよ。話をはっきりしなかったら相手はどういう人間だと思うでしょう。」と。
理解のない世間様の言葉ですが、これが現実です。
この先生は不理解な世間の代表なだけなので個人に対して抗議しようともおもわず流してます。
世間のせいにしてはいけないけれど、その認識を変える努力はできるから、微力ながら尽くしていこうと思います。
そして本人も世間の物差しに譲歩できるように成長して欲しいものです。

ギフテッドということじゃなく、場面緘黙への理解の無さなのですが、元を辿ればギフテッドに理解のない先生からの対応に寄って二次障害の場面緘黙に至ったわけですから、ギフテッドの理解が原点です。

気負うことなく、安心安全な居場所を見つけて欲しいです。


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by suzu62taha88 | 2016-08-09 00:34 | 母の想い