6年前にgiftedという概念を知って。

giftedに辿りついたのは、とてつもなく不安な時期でした。

幼少期には知的好奇心の旺盛な子で、親喜ばせエピソードを繰り広げました。
親バカと思われるのも癪なので、誰に言うでもなく密かにほくそ笑むママでした。

幼少期にとある幼児教室の先生から、これまたとある英才児教育の小学校を紹介されました。先生曰く、「IQ高い子は変わっていると言われるけど気にしないでくださいね。普通の学校だと不当な扱いを受けるかもしれないです。そこでご提案。F君にぴったりの学校があるのですよ。是非、考えてみてください。」と。
その時点では笑い話にしか感じていなかったのです。しかし、ここには深い意味がありました。

夏期講習を受け、教頭面談もうけて、その学校にいかけるつもりでしたが、遠いので諦めました。

結局、地域の公立小学校に入学しました。
一年の担任はとってもあったかいリタイア直前の先生で幸せでした。

問題は2年の先生。
この担任にFはいじめられてしまったのです。

長い間、辛い思いをしていたF。
夜驚症やチックが始まりました。
場面緘黙も極めて強く感じられました。
いま思えば緘黙というほどではないにしろ、お話はする方ではなかったのは確かです。
でも、確かにお友達と楽しそうに触れ合い、ギャグを飛ばしたり誘ったりと言葉も使っていたのです。
様子が変でも知らなかった事実。
夏休みの家庭訪問で知ったのです。
精神病になるほどの辛い日々を救ってあげられませんでした。
Fはどんなに辛かったことか。
精神疾患はいまにも至っています。

自由人で個性的だけど、叱られていたなんて青天の霹靂です。
とても几帳面で細かい中年の女の担任には、憎いほどのダメ人間だったのでしょう。
こういったことを知り、なぜこんな目に合わなくてはいけないのかと悩みました。
ネットをぐぐり、本を読んでさぐりました。
そしてようやくたどり着いたのがgiftedという概念。正確には概念じゃないのかしら。
そして、あーちゃんはmathkidというブログを見つけた時は感動して泣けてきました。
たくさんの事を教えていただき、たくさんの言葉をくださったあーちゃんのママさんには今なお感謝しています。

そして、日本でも皆さんに知って欲しいという思いでgiftedの啓蒙に勤しんでいましたが、いつしかそれを続けられなくなりました。

日本gifted教育など受け入れられないと感じ、絶望的になりました。
少なくともFが教育を受けている年数で日本が変わるとは到底思えず、諦めてしまったのです。
障害児教育には、giftedとか、自閉症スペクトラムの子を伸ばすといった、その辺一帯の教育というものが触れられていたので、こうなったら、障碍児教育でもなんでものっていこうと思いました。

でも違う!という気持ちを誤魔化してまいりましたが、昨今、日本でもgiftedに理解のある人々が増えてきたではありませんか。
このことで私の元気が復活しました。

教育ならならまかせときぃ。(どんだけの自信?笑)
そういった風が吹いてきたならば、逃すまい。
Fには遅いかもしれないけれど、いやまだ可能性があります。
私の気持ちが萎えないうちに、がっつりいきまっせ。
(giftedらしき人々の(*^_^*)>)教育改革!

こっそり覗いていた神ブログも今日は堂々とポチッとしてきました。

さて、Fは相変わらずパソコンにかぶりつき。
何を見ていることやら。




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by suzu62taha88 | 2016-08-03 03:55 | 母の想い